定年を迎える60歳前後。多くの人が「ようやく一息つける」と思いがちですが、実際には人生の大きな“崖”が待っています。
「60の崖」とは、定年退職をきっかけに、仕事・収入・人間関係・健康などあらゆる面で急激な変化が訪れる現象を指す言葉です。
人によっては時期は多少前後しますが、まるで地続きだった道が突然断ち切られ、谷底に落ちるような感覚。これまでのペースや生活が一変し、「こんなはずじゃなかった」と感じる人も少なくありません。
50歳の崖との違い──キャリアの転換点と人生の切り替え点
よく似た言葉に「50歳の崖」があります。こちらは、主にキャリア上の転機を指し、たとえば以下のような現象が起こります:
- 管理職コースから外される
- 役職定年によってポストと年収がダウン
- 希望しない部署への異動
「50歳の崖」は、あくまで職場内での立場や働き方の変化が中心で、会社員であることは変わりないと思われます。それに対し「60の崖」はその会社勤め自体が終わるため、人生全体の構造変化に直結します。特に、健康・お金・人間関係・役割のすべてが一度に変わるため、備えていない人にとっては“落ちた感覚”が非常に強くなるのです。
具体的にどのような崖がある?
1.仕事面での急変
就業規則での定めや、ご自身で再雇用の期間などを選択し、”その日”は前々から分かっていても、実感が難しいものです。
- 定年退職(60歳または65歳)により、長年続けてきた仕事が終わる
- 再雇用後の待遇低下(職責の大幅ダウン)
- 社会的肩書の喪失に伴う「役割の喪失感」
2.収入の高低差が発生
収入の崖は、今まで手にしたことのないような、まとまった金額が退職金で入ってみたり、今まで毎月振り込まれていたものが無くなったりと、落差がかなり激しい部分になります。
- 退職時に退職金などでまとまったお金が入る
- 退職と同時に収入が激減する
- 予想外の支払いが後日発生する(住民税、健康保険料など)
- 年金支給開始までの「無収入期間」(特に繰り下げ受給をする場合)の不安
3.健康や体力の衰え
毎日通勤していたのが、急に行かなくてよくなると運動量もガタ落ちします。シングルの場合は食生活が乱れがちになったり、飲酒量が増える可能性があります。また、会社員の時は毎年健康診断があったのに、自分で手配する必要も出てきます。
- 加齢による体力・気力の低下
- 健康診断で急に要注意項目が増える
- 医療費や介護不安の現実化
4.人間関係の変化・孤立
シングルの場合は、単純に接する人が少なくなってしまい、逆に危なっかしい人が近づいてくる可能性もあります。
- シングルの場合、孤独が深まる可能性が高い
- 会社中心の交友関係が疎遠になり、喪失感が湧く
- そうした心の隙をついて詐欺などにあってしまう
会社員であればいつかは迎える、上記のような「崖」が自分にはいつ訪れそうか知っておき、今のうちから備えておくのは大変重要です。
ミッション・インポッシブルのトム・クルーズですら、崖から落ちる前はパラシュートを準備しています。落ちる前に備えることができれば、崖から落ちて激突することなく“ゆるやかに着地”できます。
ここでは50代のうちから取り組める実践的な対策を、まずは収入の崖に注目し5つご紹介します。
今回は「収入の崖」に注目──一番わかりやすく、でも見過ごされやすい
「60の崖」の中でも、一番目に見えて変化するのが収入です。
会社員として安定した月給を得ていた人が、退職後は年金+αの収入にシフトします。人によっては60歳完全リタイアしたり、年金を繰り下げ受給を選択し、年金受給が始まるまでの間、数年間は収入ゼロとなる事もありえます。
たとえば、年収700万円で働いていた会社員が再雇用後に収入が半分となり350万円、さらに65歳以降は年金で月15万円台(年間180万円程度)──というのは決して珍しい話ではありません。
このような収入の急減を、生活スタイルや支出をすぐに切り替えられずに放置してしまうことが、老後破綻への第一歩となります。
実は「高収入層」ほど崖が深くなる
意外に思うかもしれませんが、「老後破綻」に陥る人の多くは、実は現役時代にそれなりの収入があった層が一定数存在します。
その理由は明確です。高収入層は出ていくお金(固定費)も多く、生活水準を落とすのが難しいからです。
以下のような支出を抱えている人は特に注意が必要です:
- 住宅ローンなどが完済していない
- 親の介護費用が発生しはじめた
- 外食・旅行・趣味などで消費習慣が染みついている
このような状況下で収入が半減すると、貯蓄を取り崩すしかなくなり、老後資金の枯渇が一気に現実のものとなります。
50代シングル会社員が特に注意したいポイント
シングルの50代会社員にとって、「収入の崖」の対策は特に要注意です。
その理由と具体的な対策法を以下にまとめます。
1. 生活水準の軌道修正が遅れがち
→ 外食・旅行・趣味などの消費習慣が現役時代の支出をそのまま維持してしまう。
▶ 対策: 50代のうちに定年後の収入見通し(主に年金)や支出を見直し、「定年後の生活費」で暮らせる生活実験をしてみる。また、旅行など体力のあるうちに”使い時”のあるものは生活防衛資金と別口座で管理し、例えば”1年に上限●円×●年分”、など予算化してみる。
2. 自身の健康リスクが直撃する
→ 医療費・介護費を支える家族がいないため、すべて自分持ち。
▶ 対策: まずは基本的な食生活、運動など健康維持が大事です。さらに万が一の時の公的機関などの相談先や、介護保険・民間保険の仕組みやヘルパーなど依頼先を事前把握しておき、医療保険加入も検討してみる。
3. 借財(住宅ローンなど)の重圧
→ 完済前に収入が途絶えると即座に赤字化してしまいます。
▶ 対策: 退職までの繰上返済や、住み替え検討も視野に入れる。特に住居対策は”会社員”という属性があり、社会的な信用があるうちに具体的に動いた方が有利です。
4. 詐欺や不当な投資話への無防備さ
→ 忙しい現役世代の時は考える暇もなかったが、退職金などまとまったお金も入り、老後資金への心配からつい無謀な投資や詐欺にひっかかってしまう。判断をすべて自分で下さねばならないことが、かえってリスクになります。
▶ 対策: まずは、うまい儲け話(元本保証かつハイリターン)はありえない事を心に刻みましょう。お金を動かす際は、信頼できる第三者に事前相談する習慣を。
個人的には、SNS系で見ず知らずの人から、”あなただけに特別”なお得情報を提供してくれる事など、ありえないと思っています。
5. 長生きリスク
→ 資産の取り崩しが生活費の大半を占めている場合、想定より長生きすると、資金が尽きる可能性があります。
▶ 対策: 年金繰下げや、トンチン年金などの長寿リスク対策商品を活用。長生きであっても毎月収入が得られるようにする。安全資産にシフトしつつ、投資は一部継続しておく。
次回予告:健康の崖・孤独の崖などへの備え
「60の崖」は今回ご紹介した収入の崖だけではありません。
次回は、健康や孤独の崖にもフォーカスしながら、シングルの老後を守るためのヒントをお届けします。
「老後はまだ先」と思っていても、50代は備えが効くラストチャンスです。
未来の安心のために、今こそ行動を始めましょう。